WEEKLY COLUMN
感性を育むための読書 #03
ファッションについて、装うことについて

おそらくみなさんは、ファッションが単なる自己表現の手段ではないことを知っているのではないでしょうか。それは社会の写し鏡であり、世界各地のカルチャーを知る手がかりであり、自国の伝統に目を向けるためのきっかけでもあります。

そして、ファッションを纏うたびに、心の充足を感じてきたのではないでしょうか。今回紹介する本をご覧になれば、改めてファッションや装うことについて考えることができるはずです。

天才クリエイター、ヴァージル・アブローのセンスに触れる

『Insert Complicated Title Here(複雑なタイトルをここに)』
著者/ヴァージル・アブロー
(発行元:アダチプレス・発行年:2019年3月)
2021年11月、ルイ・ヴィトンのメンズ・アーティスティック・デザイナーだったヴァージル・アブロー氏が癌によりこの世を去りました。享年41歳。2013年に自らのブランド、オフ-ホワイトを設立し、2018年にルイ・ヴィトン史上初の黒人デザイナーに就任。彼が遺した功績、偉業は、業界内の各方面から届けられた彼の死を悼むメッセージが静かに物語っています。
ラルフ・ローレン、マイケル・コース、フィリップ・リム、マシュー・ウィリアムズ…。数多くの業界を代表する人物たちが発したコメントは、彼の死を惜しむとともに、意思を引き継ぐ所信表明のようでもありました。それほど、彼の言葉や行動、そしてクリエイションには、周囲の背中を力強く押す“何か”があったのです。

本書には、そんな彼が2017年10月、ハーバード大学デザイン大学院で行った特別講義の模様が記されています。彼は学生たちに、若い頃にもっと有益なアドバイスを聞くことができていたならどんなによかったかを話して聞かせ、その具体的な内容を提示しています。
ほかにも、IKEAやNIKEとのコラボレーション、自身の服作りにまつわるメソッドと考え方をスライドショーと共に紹介しています。ル・コルビュジエやピーター・サヴィルといった者たちとの関わりを通し、クリエイティブに生きる方法を述べている箇所は最も興味深いものです。彼の情熱は、きっと若い才能たちの背中を力強く押したに違いありません。

今後、ヴァージル氏の考え方やアプローチ法などが本人の口から語られることは二度とありません。しかしながら、本書にはしっかりとそれが遺されています。世界中の多くの人々を幸せにした彼の仕事から、我々は、ファッションの可能性を大いに感じることができるはずです。

ファッションに必要なのはお金? センス? それとも…

『チープ・シック ~お金をかけないでシックに着こなす法』
著者/カテリーヌ・ミリネア、キャロル・トロイ
(発行元:草思社・発行年:1975年4月)
まさに光陰矢の如し。ファッションは実に移り変わりの激しい世界です。新たな潮流が生まれたと思いきや、それは風化の始まりでもある。そんな中、40年以上前に誕生したとある本が、今なお多くの人々の心をつかみ、現代を生きる大人たちにも影響を与えていることを皆さんはご存じでしょうか。

その本の名は『チープ・シック』。相反する言葉を並べた不思議なタイトルのこちらは、1975年、アメリカのふたりの女性ジャーナリストの手によって誕生し、その2年後に日本で紹介されました。まず、ベーシック、そしてクラシックについて述べられ、さらにはアンティークやスポーツウェア、民族衣装へと話は進んでいきます。
作業衣の着こなしや服の組み合わせについて語られた後に掲載されているのは著名人たちのインタビュー。その中には、ルディ・ガーンライヒ、ジャン=ポール・グード、イヴ・サンローランといった、当時を代表するクリエイターたちの名が並び、それぞれのベーシックや着こなし、ファッション感についてとうとうと語られています。

その時々にトレンドがあり、流行り廃りがあります。それを追いかけることは決して悪いことでもありません。しかし、それは果たしてあなたにとって本当に必要なことでしょうか。大切といえるでしょうか。
昨今、ファッション業界においてもSDGsは大きなテーマとなっています。大量生産・大量消費の時代が終わりを迎え、現代はサステナビリティを追求する時代へと突き進んでいます。そうした背景を理解した上で、手にすべき服の基準を今一度考えてみるのは賢明なことかもしれません。
物質的な豊かさではなく精神的な豊かさが重要であることを語る本書こそ、ファッションの本質を捉えているようにも思えます。今、あなたが何を手にし、何に袖を通せばいいのか。迷った時には、ぜひともこちらの本を手に取ってみてください。

なんのために装うのかを改めて考えさせられる

『ちぐはぐな身体』
著者/鷲田清一
(発行元:筑摩書房・発行年:2005年1月)
あらゆるメディアではこれまで、感覚的な部分が大半を占めるファッションを体系化し、手にする、あるいは着こなすことがどれだけ有用かを論理的に表現してきました。とはいえ、実際に手にしてみる難しさを感じずにはいられない。ただそれもまた、おそらくファッションの楽しさや魅力なのでしょう。

例えば、洋服は自己を主張する手段ではありますが、逆に自身の体のディスアドバンテージをひた隠すものでもあります。では、いったいどちらがファッションの本質なのでしょう。著者は『モードの迷宮』などで知られる哲学者の鷲田清一氏。彼は本書を通して、哲学的に、あるいは身体学的にファッションを解明していこうと試みています。

それは私たちに、これまで目の当たりにしてこなかったファッションの新たな一面を見せてくれているかのようです。本書は冒頭から「つぎはぎの身体」という刺激的な見出しによって始まります。それから最終章の「衣服というギブス」へと展開され、興味深い考察が各章で述べられています。それは、まさにファッションの根本へ問いかけであり、それを読み進めていくうちにあなたは自分なりの答えに行き着くかもしれません。

ピアスをする意味とは? ヨウジヤマモトやコムデギャルソン等のファッションが問いかけているものとは? そもそも人はなんのために服で身体を隠すのか? それらに答えてくれる本書は、ファッションに興味を持ち始めた若者から、ファッションを通してさまざまな経験を積み重ねてきた大人たちの好奇心を大いに刺激するでしょう。


ファッション業界はSDGsと向き合い、新しいフェーズへと移り、従来の考えやスタンス、アプローチからの脱皮を迫られています。それは何も業界内に限ったことではありません。それは私たち消費者にとっても同様です。だからこそ、ファッションについて、装うことについて、これらの本を通して改めて考えてはいかがでしょうか。